百舌鳥野の由来

最大の古墳である仁徳天皇陵古墳ですが、古代法典「延喜式」では「百舌鳥耳原中陵」(もずのみみはらのなかのみささぎ)と命名しています。

この「百舌鳥耳原」ってどういう意味か知ってますか?

今回のイベント会場の真ん前にある仁徳天皇陵の拝所の横にある案内板で詳しく説明されています。

日本書紀によると仁徳天皇がココに来て陵地と定められ工事が始まると鹿が野原から飛び出し、その鹿の耳から百舌鳥が飛び去った。
よってこの地を「百舌鳥耳原」と名付けたと書かれています。

この話をだんじりの彫り物にしよう!

いろんな資料を集めたそうです。
しかし、これといった参考にできる絵がありません。
鹿は死んだ感はだしたいが生々しいのはやめようとか 埴輪を入れようとか 仁徳天皇はここに入れようとか、毛穴町の彫り物担当須田さんと、前田師匠が話し合い工夫を重ねました。

そして出来上がったのがこの枡合です。


祭り中は吊り下げ町旗で隠れてほぼ見えない箇所です。

是非この機会にじっくりとご覧ください。

大仙公園のイベント会場近くに仁徳天皇と鹿と百舌鳥がありますよ。