和泉の国一の宮
大鳥大社伝説
今から千数百年前、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が伊勢で病死しその夜の白鳥となって飛び立ちました。
その白鳥が今の大鳥大社に降り立ちたところ、その地が一夜にしていろいろな種類の樹木が生い茂り森になったので、地域の人がこの森を「千種の森(ちぐさのもり)」と名付け神社を建て皇子をお祀りしたのが大鳥大社のはじまりという伝説です。
大鳥と鳳
大鳥大社は「大鳥」なのに、地名はなぜ「鳳」なんだ?と疑問に思ってる人も多いのではないでしょうか。
鳳のだんじり祭りでは、現在の町名と全く違う地区名のだんじりが曳行されています。
これも…「どういう事?」と思ってる人もいるのではないでしょうか。
昔は大鳥郡という地域は現在の鳳よりももっともっと広く北は浅香山、南は別所、東は北野田まであったそうです。
その中で大鳥大社のおひざ元である大鳥郡大鳥村、野田村、野代村、新在家村、北王寺村、長承寺村を明治29年に一つに合併して大鳥大社の地にあった「神鳳寺」の字を「おおとり」と読み「鳳村」として各村名を字名としました。
例えば:大鳥郡鳳村字長承寺
その後昭和17年に堺市に合併された時を機に、各字を北町、中町・・・と変更したという経緯です。
ですから、鳳地区では今でも昔の字名が通用して、自治会も、だんじりも字名が残ってるのですね。
大鳥大社の「千種の森」の千種という呼び名ですが、Googleで「鳳千種」と検索すると鳳千種郵便局がずら~っと並んで表示されますがそれ以外は出てきません。
今では鳳で「千種」という名を継承しているのは大鳥大社の前にある鳳千種郵便局だけなのでしょうかね?
以前は現在の鳳小学校も「千種小学校」という名前だったそうです。
大鳥大社
1300年の歴史がある官幣大社、和泉の国一の宮
御祭神は
- 日本武尊(やまとたけるのみこと)
- 大鳥連祖神(おほとりむらじのみおやのかみ)・・・大鳥連という豪族の祖先
本殿は大鳥造りと言う古代建築様式で建てられています。
この様式は高い床と太い柱をもち、内部を二間に区切って、中央に出入口の階段をつけています。
神社建築様式で最も古いのが「平入り」伊勢神宮→「つま入り」出雲大社→大鳥造り→住吉大社の様式となるそうです。
(書籍:むかしの堺参照)
現在の本殿は明治42年に再建されたものです。
拝殿は昭和30年に檜皮葺の屋根をふき替えたのですが、その作業と費用、ヒノキの皮の調達はたいへんなことだったそうです。
全国から大量の桧皮を集められ3か月近くかかったそうです。
桧皮ってヒノキを切らずに植わったまま皮をむくんですって、その皮が再生するのに50年ほどかかるらしいです。
【官幣大社とは】
昭和21年以前の神社の社格の順で言うと最上位の神社を官幣大社という
「神道辞典」などによると、官幣大社>国幣大社>官幣中社>国幣中社>官幣小社>国幣小社>別格官幣社 となる
≪注≫神社の社格制度は昭和21年に廃止されています。
【大鳥大社の行事 】
大鳥大社では年間20回以上のお祭りや式典が行われています。
そのほとんどは社内だけで行われるのですが、大勢の人が集まるお祭りは・・・
1月1日(元旦祭)初詣
4月13日(花摘祭)
10月5日(摂社例祭)だんじり祭り(現在は10月の第1金曜日~日曜日に開催)
というわけで大鳥大社ってスゴイ格式の高いお宮さんなんですね。